「今」越えなきゃいけいないもの。
おはようございます。こんにちは。こんばんは。
大学5年生にして休学中のJisukです。
自己紹介はプロフィールに書いてるからこのくらいにして、人生初ブログの記念すべき最初の投稿には、本音で語ることから始めようと思う。
正直、「発信」することは苦手だ。
というか、嫌いだ。
特に自分の夢や目標を熱く語ること、本音を記事にすること、弱音をさらすことは本当に苦手だ。
そういうことはなるべく避け続けてきたし、これからも自分の中だけで消化していくつもりだった。
そう。「つもり」だった。
それがそうもいかなくなっていることを、ここ数ヶ月の中で身にしみて感じつつある。
だからこそ、今になってブログを書いて「発信」し始めることにした。
これを友人が知ったらかなり驚くだろうと思う。なんせ、「発信」することから避け続けていたのだから。いったい何が起きたのか?と聞かれるだろう。
だから、一つだけ逃げ道を自分に用意した。現実逃避が得意でビビリの私には必要な逃げ道。
それは私自身が誰なのか特定できないこと。
自己紹介で少々自分をさらしたが、大学生でブログやっている人はざらにいるし、留学なんてここ数年では当たり前になりつつある。趣味読書、旅行なんてよく聞く話。特技は、まあ、人に言ったことないから私だとはわからないだろう。
とはいえ2〜3人には私だと特定できるような内容ではある。が、意図的にそうした。それはその2〜3人には私だとわかってほしいという矛盾した承認欲求があるからと思う。
まあともかく、このブログを思う存分赤裸々に本音を語るブログにしたいと思う。
そこで、まずなぜブログを書かなきゃいけないと思い立ったのか、なんで「発信」することが苦手なのか。について触れることにする。
昔から自分のこと、将来のことは自分で考えて解決したいタイプだった。
負けず嫌いで、プライドが無駄に高く、見栄っ張りな女の子だった。
高校受験や大学受験、就活か留学などこれまでの節目を決定するときは、基本的に事後報告しかしてこなかった。
自分のことは自分で決めたい、人に言われたレールの上を歩きたくない、自分で決めたことを曲げたくない、という頑固さとよく言えば意志の強さが昔からあったように思う。
そう。元から自分のことは自分が一番よく知っていると自負してきていて、自分の判断が最適であり最善であると妙に確信してきていた。だからこそ、分かれ道に差し掛かったときは自分に問いかけ、判断し、行動してきたから、人に「発信」しようとは思えなかった。
それになにより「発信」することは私のヒマラヤより高いプライドが邪魔をした。
自分の夢を語ることはそれなりのリスクを伴う。例えば、批判、無関心、嘲笑、期待、責任。挙げればきりがない。これらのリスクを背負ってまで「発信」することの意義と価値が見出せなかった。それに、見いだすことをプライドが邪魔をした。100人いれば100人に受け入れられる人がいないのは当たり前の話であるが、私は1人にでも認められないくらいなら100人に「発信」しないことを選んだのである。
極論的な話だが、私はそんな感じで生きてきた。
だから「発信」することには抵抗がある。
食わず嫌いな部分があるのかもしれない。でも、苦手なのである。これはもう、すぐにどうにかなるものではない。
しかし最近、困ったことにこの課題を越えなければならないと痛感している。
この問題意識を抱いた背景には学歴、人脈コンプレックスが大きいが、そのことについては後のブログにでも書こうと思う。
とにかく、「発信」の一つの手段として、ブログを始めることにした。
この「発信」作業の過程や結果として、自分の課題克服を可視化できたらと思う。そして未知のコミュニティーを広げれたらと思う。という下心込みで始めることにするが、これって誰かに「発信」するためのブログじゃなくて自己実現のためのブログなのかも。と気づいてしまったけどしょうがない。ま、いっか。追い追い誰かへの「発信」に繋げれば良い。
というわけで。自分の夢や現状、焦燥感や日常生活での問題意識を本音でブログに書いていく予定である。